2016年度 第29回関門海峡花火大会のお知らせです。

第29回関門海峡花火大会は8月13日(土)に開催予定です。関門海峡花火大会は毎年15000発の花火が打ち上げられ昨年度は約110万人の観光客で賑わいました。露店やイベントも数多く予定されていますので大変賑やかな夏のイベントとなっています。

夏の夜空を彩る海峡花火大会は昭和60年(1985年)より、お盆を郷里で迎える方のために(財)下関21世紀協会が開催しました。関門海峡の美しい夜景を舞台に海峡の両岸から打ち上げられる計1万3千発の華麗な花火が見物客を魅了します。

昭和63年(1988年)からは、北九州市の門司区側からも花火が打ち上げられるようになり、両市が合同で開催するようになりました。
1万3千発の打ち上げ花火や趣向を凝らした仕掛け花火が、下関と門司の両岸で繰り広げられるという迫力満点の花火大会は、今や日本で有数の花火大会のひとつに数えられるようになりました。

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関門海峡と言えば源平合戦が行われた壇ノ浦の戦いとして有名な観光地です。源平合戦とは以仁王(もちひとおう)の呼びかけにより、各地の武士達が打倒平氏の為に兵をあげ、ついには平氏を滅ぼした戦いです。この時、特に活躍したのが源頼朝(みなもとのよりとも)や源義経(みなもとのよしつね)ら源氏でした。

また宮本武蔵と佐々木小次郎が対決した巌流島も関門海峡にあります。巌流島は決闘が行われたとされる当時は豊前小倉藩領の船島でした。当時、諸国をまわったのち小倉の細川家に仕え、小倉城下に道場を開いていた佐々木小次郎に、諸国修行しょこくしゅぎょう中の武芸者ぶげいしゃ宮本武蔵が、細川家の家来であった長岡佐渡ながおかさどを通 じて試合を申し込みました。試合場所に指定されたのが、この島でした。慶長17年(1612年)4月13日の試合当日、約束の時間に遅れて島に着いた武蔵は、船の櫓ろをけずって作った長い木剣で小次郎を倒した……と語られています。武蔵はこの後、細川家に仕えて晩年ばんねんをまっとうしたわけですが、敗者である巌流がんりゅう佐々木小次郎の名がこの島に残され、一般 に巌流島と呼ぶようになったのです。

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